東京地方裁判所 平成11年(ワ)15112号 判決
原告 物江敏文
右訴訟代理人弁護士 加園多大
被告 岩城晴義
右訴訟代理人弁護士 小又紀久雄
主文
一 被告は、原告に対し、金二四七万七〇二八円及びこれに対する平成一一年七月一四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを八分して、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告に対し、金一八五四万〇七七三円及びこれに対する平成一〇年四月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 仮執行宣言
第二事案の概要
本件は、原告が、遺産分割調停事件の処理を委任した弁護士である被告に対し、被告が弁護士としての注意義務を十分尽くさないまま調停を成立させ、原告に損害を被らせたとして、委任契約上の債務不履行に基づく損害賠償請求権に基づき、合計金一八五四万〇七七三円及びこれに対する債務不履行時であるとする平成一〇年四月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めている事案である。
一 前提となる事実(証拠の記載のない事実については当事者間に争いがない。)
1 当事者
原告は、東京都世田谷区上馬四丁目一二番四号に存在した建物において、空中撮影用の機器を開発する仕事をしていた。
被告は、第一東京弁護士会所属の弁護士である。
2 委任契約
原告は、平成九年九月ころ、被告との間で、原告を当事者の一人とする東京家庭裁判所平成九年(家イ)第五〇九〇号遺産分割調停事件(以下「本件調停事件」という。)について、被告が原告の代理人となる旨の委任契約を締結した。
本件調停事件は、被相続人物江敏の遺産について、同人の長女梅崎弘子、二女北村三枝子、三女菅原淑子の三名(以下、三名を纏めて「梅崎ら」という。)から、長男である原告に対して申し立てられたものであり、主たる争点は、被相続人が所有していた東京都世田谷区上馬四丁目七六三番六号の土地一六〇・四四平方メートル(実測)(以下「本件土地」という。)上に原告が所有する別紙物件目録記載の建物(以下「原告所有建物」という。)が存在するため、この土地をどのように分割するかであった。
3 原告の希望
原告は、被告に対し、本件調停事件の処理に関し、<1>原告所有建物の敷地部分を原告の所有とすること、<2>原告所有建物の建て替えを行う場合やその敷地を売却する場合には、他人の承諾を要せず原告単独で自由に実行することができるようになることを希望し、被告においてもこれを了承した。
4 調停の成立
被告は、原告の希望を実現すべく梅崎らの代理人である弁護士(以下「梅崎ら代理人」という。)と交渉を重ねたところ、平成一〇年一月二九日の調停期日において、梅崎ら代理人から、「本件土地を別紙図面のとおり、イ、ロ、ハと分筆し、イ、ロの土地を梅崎らが、ハの土地を原告がそれぞれ取得し、ハの土地のためにロの土地に通行地役権を設定する」との提案を受けたことから、これは原告の希望を叶(かな)えた調停案であると判断し、これを受け入れることとし、原告の了解を得て、同年四月一六日、梅崎らと原告との間で、右の内容を含む調停(以下「本件調停」という。)を成立させた(甲一)。
被告は、ロの土地に対する権利として、通行地役権を取得しておけば、ロの土地をハの土地上の建物の袋地状敷地とすることができ、原告において、ハの土地上に建物を自由に建て替えができるものと考えていた。
5 調停成立後
原告と梅崎らは、平成一〇年七月一三日、本件調停の条項に基づき、本件土地を分割するための境界確定等の合意をし、右合意に従って、同年九月二一日、本件土地を分筆の上、それぞれ相続を原因とする所有権移転登記手続及びロの土地につき地役権設定登記手続を経由した(甲二、乙一ないし三)。
6 本件土地の売却
イ、ロの土地及びハの土地は、その後売却され、平成一一年二月二六日受付で、いずれも梅崎ら及び原告から株式会社未来都市工房に対して所有権移転登記がなされている(乙一ないし三)。
二 当事者の主張の要旨
【原告】
1 被告は、ロの土地に対する権利として、通行地役権を取得しておけば、ロの土地をハの土地上の建物の袋地状敷地とすることができると考えたが、梅崎らがロの土地をイの土地上に建築する建物の敷地として計算することがあることを失念してしまっていた。
そのため、被告は、原告に対し、自由に建替えないしは処分ができると説明し、原告の了解を得て本件調停を成立させてしまったが、本件調停の条項のままでは、ロの土地はイの土地上の建物とハの土地上の建物双方の敷地となり得る結果、早晩、原告と梅崎らとの間で争いが生じるのは必定であった。
原告は、被告から右調停案では、将来梅崎らとの協議がなお必要である旨の的確な説明を受けていたならば、右調停案を受け入れて本件調停の成立に同意することはなかった。
被告の右行為は、ロの土地を当然にハの土地上の建物の敷地とすることができ、その調整が不要と考えた被告の不注意によるものであり、このことは、法令及び法律事務に精通しなければならない弁護士として、原告に対する善管注意義務を十分尽くしたものとは言えず、弁護士としての注意義務に違反していたといわざるを得ない。
2 原告は、被告の右注意義務違反の結果、次のとおりの損害を被った。
(一) 売買差額(金九八八万五一四三円)
原告は、建て替えができず、老朽化した原告所有建物のままでは住居兼工場として使用できないため、梅崎らがイ、ロの土地を売却するのに併せて、ハの土地も売却することにした。
イ、ロの土地は一平方メートル当たり金四八万五四七七円で売却されたが、ハの土地は、建て替えができない土地であるという理由で、一平方メートル当たり金三三万一〇九四円でしか売却できなかった。ハの土地が自由に建て替えができる土地であれば、イ、ロの土地と同じ価格で売却できたはずであるから、その差額(一平方メートル当たり金一五万四三八三円×六四・〇三平方メートル)金九八八万五一四三円が損害である。
(二) ハの土地に居住できなかったことによる損害(金二六五万五六三〇円)
原告は、住居兼工場となる建物を購入したいと考えているが、資金に見合う適当な物件を探すことはできず、現在、住居と工場を別に借りている。住居兼工場となる建物を購入するためには少なくとも一年間の準備期間が必要である。したがって、一年間の仮住居費及び仮工場費は被告の債務不履行による損害となる。
(1) 引越代 金一〇万円
(2) 仮住居代
<1> 礼金 金一四万円
<2> 一年間の仮住居費 金一六八万円
(3) 仮工場費
<1>火災保険料 金一万五六三〇円
<2>一年間の仮工場費 金七二万円
(三) 精神的損害(金六〇〇万円)
原告は、ハの土地を手放さざるを得ず、かつ、現在仮住まいを余儀なくされたことにより精神的苦痛を受けたが、これを慰謝するためには金六〇〇万円が相当である。
【被告】
1 被告は、ロの土地にハの土地のために通行地役権を設定した後も、ロの土地をイの土地の敷地として認めることが可能であると誤信して調停を成立させてしまったことについて過失があったことは認める。
しかし、右事実と原告の具体的な本件請求に正当性があるか否かは別個の問題である。
2 原告は、梅崎らとともに、本件土地全体を同一の買主に売却しているのであるから、ハの土地だけを安く売買することは有り得ない。
仮に、原告がハの土地を何程か安く売った事実があったとしても、同じ買主に売るのであるから、全体としての土地の有効利用を主張することによって、容易にイ、ロの土地と同一の価格で売却できたはずにもかかわらず、過失によって自ら損害の発生あるいは拡大を招いたものといわざるを得ず、損害額の算定に当たっては、斟酌されるべきである。
また、原告が被告に対し、仮住居費や仮工場費、多額の精神的損害を当然に被告に請求しうる理由はない。
三 主たる争点
1 被告の委任契約上の債務不履行の存否
2 原告の損害の存否及び額
第三当裁判所の判断
一 争点1について
(一) 証拠(甲一ないし四、一〇ないし一二、一六、乙一ないし五、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(1) 被告は、原告から本件調停事件についての委任を受け、右事件処理上の原告の希望を聞き、その希望を実現すべく、梅崎ら代理人と交渉を重ねたが、その間、世田谷区役所建築課を訪れ、本件土地が第一種中高層住居専用地域にあり、ロの土地に相当する路地状部分の長さが二〇メートル以下(約一二メートル)であったので、建築基準法及び都条例による接道義務の幅が二メートルであることを確認し(東京都建築安全条例第三条一項)、調停の席上、梅崎ら代理人に対し、原告の希望を伝え、原告が別紙図面ロ及びハに相当する部分を分割取得することを主張したが、梅崎ら代理人は、これに対しては、原告の取得分が多すぎることで難色を示していた。
(2) 被告は、平成一〇年一月二九日の本件調停事件の第四回調停期日において、梅崎ら代理人から、本件土地を別紙図面のとおりイ、ロ、ハと分筆し、イ及びロを梅崎らが取得し、原告がハを取得する、そしてハの土地の接道義務を果たすため、ロの土地についてハの土地のため通行地役権を設定する、との提案を受け、このようにすれば、原告のハの土地の接道義務も果たすことができるし、梅崎らもロの土地の所有権を取得するのだから、イの土地上に建物を建てる際には建ぺい率の計算にロの土地も含められるとして納得したとの説明を受けた(なお、イの土地上には、取壊し予定の被相続人所有の建物が建っており、従前から、原告が右建物内にコンピューターや専用電話回線、ファクシミリ、測定器等を設置し、自己の仕事の作業場として使用していた。)。
(3) 被告は、再び世田谷区役所建築課を訪れ、ハの土地の接道義務を果たすためにはロの土地の所有権を取得することなく、通行地役権を設定するだけでよいのか確認したところ、係員の説明は、ロの土地の権利内容は問わないということであったことから、それ以上の確認をすることなく、ロの土地とハの土地とで路地状敷地を構成すると接道義務を果たしたことになり、ロの土地の通行地役権を確保できればハの土地を自由に使用処分することができるものと考え、右調停案は原告の希望にかなうものであると判断し、これを受け入れることとした。
その際、被告は、ロの土地とハの土地とで路地状敷地を構成すると、ロの土地をハの土地上に建てる建物の敷地とすることとなることから、その場合には、いわゆる「一建物一敷地の原則」から、ロの土地をイの土地上の建物の敷地として計算することはできなくなることを失念していた。
(4) 被告は、右誤解に陥ったまま、原告に対して、原告が単独で自由に建て替えないしは処分ができる内容である旨説明して、原告の了解を得た上で本件調停を成立させたが、梅崎らの代理人も、ロの土地をイの土地上の建物の敷地とした上で、さらにハの土地上の建物の路地状敷地としても使用できるものと誤解したままであった。
(5) その結果、梅崎らは、ロの土地をイの土地上の建物の敷地と計算することを前提に本件調停を成立させることに合意し、また、原告は、ロの土地に通行地役権を設定することで、ハの土地を自分の意思で自由に使用処分できるものと考え、本件調停を成立させることに合意した。
しかしながら、本件調停の条項では、いわゆる「一建物一敷地の原則」から、ロの土地をイの土地上の建物とハの土地上の建物の双方の敷地とすることはできず、現実にロの土地を利用するに当たっては、なお、梅崎らと原告との間で意見の調整が必要となる結果となった。
(二) 前記争いのない事実等及び右(一)の事実を総合すれば、<1>原告は、本件調停事件の処理を被告に委任するに当たっては、原告所有建物の敷地部分すなわちハの土地を原告の所有とすることと、右土地の売却や右土地上の建物の建て替えや処分を行う場合には、他人の承諾を要せず原告単独で自由に実行することができることなる解決を希望したこと、<2>被告は、これを了承した上で、本件調停の内容を原告の右希望を充足するものとして原告に説明し、原告に本件調停の条項を受け入れさせたこと、<3>しかし、実際は、本件調停の条項では、ハの土地の売却や地上建物の建て替えに当たっては、事実上、イ、ロの土地所有者との間の協議が必要となり、原告単独で自由に実行することができないことが認められる。
右の事実によれば、本件調停の内容は、結果的に原告の希望した内容とはなっておらず、原告が右調停内容を的確に理解しておれば、本件調停に合意しなかった可能性が極めて高いものと認められる。
それにもかかわらず、原告が本件調停に合意したのは、被告が本件調停の内容が原告の希望に副うものである旨説明したからであって、それは、被告自身が認めているように、「一建物一敷地の原則」を失念していた被告の過失によるものであり、このことは、法令及び法律事務に精通しなければならない(弁護士倫理第六条)弁護士として、原告に対する善管注意義務を十分尽くしたものとは言えず、弁護士としての注意義務に反していたといわれてもやむを得ないものである(もっとも、本件調停においては、元々梅崎ら代理人に被告と同様の誤解があり、被告もそれに気付かないまま、両者の誤解が重なって結果的に不備な内容の調停を成立させてしまったのであるが、そうであるからといって、被告の原告に対する注意義務違反の程度が軽減されるものでないことはいうまでもない。)。
したがって、被告には、委任契約上の債務不履行が存するものといわざるを得ない。
なお、原告は、当初、ロの土地に関して、幅二メートルではなく、幅四メートルの通行地役権を設定しなかったことが被告の過失の内容である旨主張していたが、証拠(甲三、一三、一六、乙四、五、被告本人)によれば、東京都建築安全条例第一〇条(路地状敷地の制限)により路地状部分の幅員が四メートル以上であることを要するのは、同条例九条一三号により、「工場で、作業場の床面積の合計が五〇メートルを超えるもの」であるところ、本件土地の用途区分は、第一種中高層住居専用地域であって、この地域においては、原則として工場の建築は認められないこと、さらに、そもそも、原告が建築を予定していた工場とは、コンピューターと専用電話回線、ファクシミリ、測定器等を設置する事務所、作業場であることが窺えるのであって(甲一三)、右にいう工場に該当しないものと認められるから、いずれにしても、工場の建築のために幅員四メートルを要するとする原告の主張はその前提を欠くこととなるのであって、幅二メートルの通行地役権の設定自体が不備であったわけではなく、ロの土地につき、双方が建物の敷地として利用できると考えて本件調停を成立させたことについて不備があったことが認められるのである。証拠調の末、原告においても、最後に右の点を承認した結果、最終的には、被告の過失内容については、実質的に原告・被告間に争いがないこととなった。
二 争点2について
1 証拠(甲三ないし六、一〇ないし一六、乙一ないし五、被告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠は存しない。
(一) 原告は、本件調停成立後の平成一〇年九月、念のため自ら調査した結果、ハの土地上に建物(工場兼居宅)を建てるためには幅四メートルの通路が必要であると理解し、二メートル幅のしかも通行地役権の設定のみでは不備であると考えたため、被告に善処方を求めた。
(二) 被告は、原告からの申出があった後、初めて「一建物一敷地の原則」を失念していたことに気付き、本件調停の内容では原告の希望どおりとはなっていないことを認め、梅崎ら代理人に再交渉の申入れを行い、双方で善後策を検討した結果、梅崎ら代理人から、<1>ロの土地は第三者には売らないことを確約する、将来原告に資力ができたときに適当な値段で買い取って欲しい、<2>原告が現在の建物を建て替えなどするときには、それが可能なように協力する、<3>原告が土地建物を売却するときは、ロの土地も一緒に売却するという解決案の提示を受けたので、平成一〇年九月二六日、原告に対し、書簡を送付し、右梅崎ら代理人からの提示案を含め、被告自身の見通しを述べ、不備の内容の調停を成立させてしまったことを謝罪するとともに、自分としては冷静な判断ができないので、被告に対する損害賠償請求などを含めて、他の弁護士に相談するように申し出た。
(三) 原告は、被告に対し、(建て替え可能なように)「協力する」とかではなく、単独で自由に建て替えや処分ができるというのが調停を成立させる条件であったのであるから、もう一度調停をやり直したいとして、本件調停の全面白紙撤回の手続を取るよう要請するとともに、平成一〇年九月二八日、当面被告による梅崎ら代理人との交渉等をお断りしますとの内容の内容証明郵便を送付した。
これに対し、被告は、原告に対し、平成一〇年一〇月一日付で、原告の代理人を辞任する旨通知した。
(四) その後、原告は、平成一〇年一二月四日、株式会社未来都市工房に対し、ハの土地(六四・〇三平方メートル)及び原告所有建物を金二一二〇万円で、梅崎らは、同月六日、株式会社未来都市工房に対し、イの土地及びロの土地を金四六八〇万円でそれぞれ売却し、いずれも平成一一年二月二六日受付で株式会社未来都市工房への所有権移転登記が経由されている。
〔これに対し、被告は、同一の買主が、隣接する三筆の土地のうちハの土地だけを安く売買することは有り得ないから原告の主張は虚偽である旨主張するが、一般論としてそのように言えるとしても、本件において被告により何ら具体的な反証がなされていない以上、証拠(甲五、一一、一四、乙一ないし三)及び弁論の全趣旨により、(四)の事実を認めた。〕
2 原告は、本件調停が成立した結果、イ、ロの土地は一平方メートル当たり金四八万五四七七円で売却できたのに、ハの土地は一平方メートル当たり金三三万一〇九四円でしか売却できなかったから、その差額(合計金九八八万五一四三円)が被告の債務不履行による損害である旨主張する。
しかしながら、<1>まず、前記一において検討したとおり、本件調停の内容は、原告にとって認識外の内容であったばかりか、梅崎らにとっても認識通りの内容ではなかったのであって、本件調停の成立によって原告のみが一方的に不利益を被るようなものではなかったこと、したがって、本件調停の内容を前提としても、ロの土地は通行地役権の負担付きであり、かつ、それをイの土地上の建物の敷地として利用するについてはなお原告との間の調整を必要とする土地であるから、客観的に見てハの土地がイ、ロの土地に比較して三〇パーセント以上もの減価がなされる合理的理由が存しないこと(それが同一買主であればなおさらのことである。)、<2>逆に、そもそも、ハの土地は、別紙図面のとおりイの土地に比べて道路から奥まっているため、当初からイの土地より取引単価が幾らか低いことも考えられること、<3>また、右1(二)において認定したとおり、本件調停成立後、被告による梅崎ら代理人との再交渉の結果、ハの土地を売却しないで、同土地上に建物を建て替える手段を確保しうる余地が残っていたこと、それにもかかわらず、原告において、これを良しとせず、敢えてハの土地を売却することを選択したことが認められるのであって、これらの諸点に照らせば、確かに、原告がハの土地を売却するに至ったことに関し、本件調停に不備があったことがその一因となっていることは認められるものの、その不備を是正するための手段として売却以外にも他に選択の余地がなかったわけではないことから、売却することを余儀なくされたとまでは認め難く、また、仮に売却するに当たっても、梅崎らないしは買主との交渉次第でもっと有利な条件による売却も可能であったものと認められることから(原告が売却を決意した経緯や売買代金の交渉の経過等その間の具体的な事実関係が証拠上必ずしも明確ではない。)、右差額のすべてが被告の債務不履行によって生じた損害とは認め難い。
前記一及び右1において認定した事実関係を前提に、被告による本件調停の交渉の経過及び成立に至る経緯、被告の過失の程度、態様、本件調停成立後の状況、本件土地の売却に至る経緯その他、本件に顕れたすべての事情を総合し、かつ、民法四一八条の背景に存する損害の公平な分担という趣旨をも参酌すれば、被告が債務不履行によって損害賠償責任を負担する(すなわち債務不履行と相当因果関係を有すると認められる)損害額としては、原告主張の損害額の二〇パーセントである金一九七万七〇二八円をもって相当と判断する。
3 また、原告は、ハの土地及び原告所有建物を売却したことにより、引越費用、一年間の仮住居費及び仮工場費も被告の債務不履行から生じた損害である旨主張する。
しかしながら、<1>本件調停の内容の不備が発覚した平成一〇年九月から本件土地の売買契約の決済がなされた平成一一年二月二六日までの間には約六か月の期間があり、売却話が具体化してからでも約三か月の期間があったこと、<2>ハの土地の売却自体、原告自身が幾つかの選択肢の中から選択した結果であること、<3>仮に原告が原告所有建物の建て替えを行うとしても、一時的な引っ越しや仮住居等が不可避であること、<4>損害の発生期間を一年間とする合理的根拠が認められないことなどの事実に照らせば、原告主張の右費用を被告の債務不履行による損害と認めることは困難である。
4 原告は、ハの土地を手放さざるを得なくなったことによる精神的損害をも請求する。
原告は、本件調停に際しては、ハの土地を取得し、その上の原告所有建物の建て替えあるいは土地建物の処分のどちらの選択肢をも確保し、かつ、いずれにしても、他人の承諾等を要せず自己の自由な意思のみによって決定しうることを望んでいたことは、前記一記載のとおりである。
それにもかかわらず、結果的には、梅崎らによるイ、ロの土地の売却と歩調を合わせてハの土地を売却してしまったことも前記2記載のとおりである。
原告は、本件調停の結果、ハの土地を売却せざるを得なくなった旨主張するが、既に前記2において認定したとおり、原告においては他の選択肢も存在しないわけではなかったにもかかわらず、原告の主体的な意思によってハの土地の売却を決定したのであって、必ずしも売却をせざるを得なくなったとまでは認められない。しかしながら、一旦本件調停が成立したことにより、原告の選択肢の幅が制限され、かつ、一旦希望通り解決したと思っていた問題が、結局は未解決のままであり、その後、再交渉を余儀なくされ、結果的にはハの土地を売却することとなってしまったことから、原告には被告の債務不履行により相応の精神的苦痛が生じたものと認められる。そして、本件に顕れたすべての事情を斟酌すれば、右原告の精神的苦痛を慰謝するための慰謝料としては、金五〇万円が相当であると判断する。
三 結論
以上の次第で、委任契約上の債務不履行による損害賠償請求権に基づく原告の本訴請求は、金二四七万七〇二八円の支払を求める限度で理由があることとなる。また、原告は、附帯請求として、債務不履行時であるとする平成一〇年四月二〇日(もっとも、本件調停が成立したのは同月一六日のことではあるが)から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めているが、債務不履行による損害賠償請求権は期限の定めのない債権であり、したがって、民法四一二条三項により「履行ノ請求ヲ受ケタル時ヨリ遅滞ノ責ニ任ス」るものであるから、附帯請求の始期としては、本件訴状が被告に送達されたことが本件記録上明らかな平成一一年七月一三日の翌日である同月一四日と認めるのが相当である。
よって、原告の被告に対する本件請求は、右の限度で理由があるからこれを認容することとし、その余は理由がないからこれを棄却することとして、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡寛)
物件目録
所在 東京都世田谷区上馬四丁目七六三番地
家屋番号 未登記
種類 居宅
構造 木造亜鉛メッキ鋼板葺二階建
床面積 延床面積七九・五〇平方メートル
図面<省略>